スイスの衛兵がバチカンを警護

2006年は、スイスの衛兵がバチカンの防衛を担当して500年になります。これを記念して、50フラン金貨が発行されました。
スイスの衛兵がバチカンを防衛するといっても、バチカン市国全体の防衛ではありません。限られた範囲を担当しています。
スイス 50フラン金貨 バチカンのスイス衛兵500年記念【プルーフ・完全未使用品】
なお、上のコインを見ますと、完全未使用の金貨なのに黒いです。この理由につきましては、別記事「写真で高品質なプルーフ(鏡面仕上)硬貨を見分る方法」でご確認ください。
実際には黒でなく、光り輝く、まさに金色です。
コインのデザイン
では、コインのデザインを見ましょう。表にあるのは、CONFOEDERATIO HELVETICAの文字です。これは「スイス連邦共和国」を示しています。

スイスは小さな国ですが、下の通り公用語が4つもあります。各言語の後ろにある数字は、各言語のシェアです。
- ドイツ語(70%)
- フランス語(20%台前半)
- イタリア語(10%未満)
- ロマンシュ語(1%未満)
では、コインにも公用語を全部書くか?ですが、小さいコインに4つの言語で表記するのは大変です。このような場合、ラテン語が使われることがあります。
コインにあるCONFOEDERATIO HELVETICAは、ラテン語表記です。
そして、コイン下側にある「50 FR」は50フランを示します。よく見ると、50とFRの間に、小さく、「B」の文字が見えます。
これはミントマークと呼ばれるものです。どの造幣所で作られたかという印であり、Bはベルンです。ベルンは、スイスの首都です。
スイスには、有名な都市がいくつもあります。チューリッヒ、ジュネーブ、ローザンヌ、バーゼルなどなど。
これだけ有名な都市がいくつもあると、スイスの首都がどこなのか、分からなくなりそうです。ベルンは、スイスのやや西寄りに位置しています。

衛兵のデザイン
コインの反対側を見ますと、バチカンのスイス衛兵の姿が描かれています。

コイン上部に「1506 2006」とあるのは、衛兵が初めてバチカンを警備した1506年と、その500年後の2006年を示します。
「GUARDIA SVIZZERA PONTIFICIA」は、「バチカンのスイス衛兵」です。そして、その下にあるのが、このコインをデザインした人(Rudolf Mirer)のサインです。
衛兵の服装
上のコインを見ますと、衛兵の姿が少し変です。衛兵っぽくありません。
槍を持っています。まるで中世です。また、色彩は不明ですが、服装が派手な感じに見えます。現代の戦闘を想定している感じに見えません。
実際はどうなっているでしょうか。下の画像をご覧ください。

まさに、コインに描いてある絵の通りです。槍も持っています。
科学技術が飛躍的に発達した現在、槍ではさすがに戦闘できません。服装も、目立ちすぎて厳しいです。通常は、現代兵器を使った訓練をしますし、服装もこれほど目立つものではありません。
バチカン市国に兵士が常駐しているということ
さて、教皇の直轄下にある衛兵が、バチカン市国にいます。デザインに注目が行きますが、以下のようなことの証でもあります。
- 教皇は、自分の領土を有している
- 教皇は、自分の領土を守る権利を有している
- スイスは、教皇の領土を承認している
軍隊がいるということなので、上のような結論になります。実際に、バチカン市国は1つの国家として各国から承認されています。
教皇がスイスに兵士派遣を要請
では、スイスの兵士が初めて教皇に派遣された、1500年前後の様子を確認しましょう。
現在の教皇領、すなわちバチカン市国は、とても小さな土地です。しかし、下の地図の通り、当時はとても広大な地域を治めていました(紫色部分)。

教皇領の南側は、ナポリ王国です。当時、スペイン王がナポリ王をしていました。すなわち、当時のイタリアの南半分は、スペイン領だったということです。
そして、教皇領の北側には、数多くの小さな国が混在していました。
イギリスやフランス等と異なり、統一されずに1500年代を迎えたことが分かります。
1503年に教皇となったユリウス2世には、使命がありました。それは、教皇領を再興することです。
上の地図では、教皇領は広くて盤石に見えます。しかし実際は、1400年代末から1500年代初めの教皇の入れ替わりの時期に、(教皇領なのに)事実上ヴェニスの支配下になった地域がありました。
また、ボルジア家との確執もありました。
この、(教皇から見て)荒廃した状況から回復するための一環として、1505年に、兵士を派遣するようにスイスに要請しました。
そして、実際に派遣されて教皇領に到着したのが、1506年1月です。当時の派遣人数は150名でした。この時から500年間、途中で中断がありながらも延々と派遣が続いています。
スイス兵士の活躍
教皇領に派遣された兵士の忠誠心を表現する事例として、しばしば1527年の戦闘が挙げられます。
当時、神聖ローマ皇帝と教皇は対立関係にありました。1527年5月、神聖ローマ皇帝はローマに進軍し、教皇軍と戦闘しました。教皇は敗戦して逃げたのですが、この戦闘で189名のスイス衛兵のうち147名が戦死したと伝えられています。
また、生き残った衛兵により、当時の教皇クレメンス7世は無事に逃げることができました。
500年間続いた衛兵派遣は、今後も、継続することでしょう。
歴史(history)
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