イタリア サルディニア王エマヌエーレ1世80リレ金貨【希少品】

製品案内【イタリア】
翻訳

発行枚数965枚!希少な金貨 

下の金貨は、1821年にイタリア(サルディニア)で発行された金貨です。発行枚数は、わずか965枚です。

ヴィットリオ・エマヌエル1世 80リレ金貨【準未使用~未使用品】

【コインNo】8094
【製造元】イタリア
【額面】80リレ
【製造年】1821年
【材質】金
【直径】33mm
【グレード】AU/UNC

売り切れ

ただ、発行枚数が少ないという場合、欧州では極端に枚数が少ない場合があります。この金貨は、発行枚数は確かに少ないですが、それでも1,000枚近くあります。

にもかかわらず、価格が極めて高いという印象があるかもしれません。

その理由ですが、この金貨は、グレードがAU/UNC(準未使用~未使用)だからです。この金貨でこのグレードは、滅多に市場に出てきません。

通常貨幣として作られた

グレードが高いこの金貨が市場に出てこない理由ですが、通常貨幣として作られたためです。通常貨幣とは、日々の支払い手段として流通する貨幣を指します。

日常で使う貨幣ならば、大切に保存しようとしません。反対に、記念貨幣ならば、大切に保管したくなります。

これが、発行枚数が1,000枚近くあるのに高いグレードがなかなか存在しない理由でしょう。

すると、次の疑問が出てきます。通常貨幣ということは、国民一般が広く使用するという意味です。なのに、965枚しか発行しなかったのはなぜか?です。万の単位で製造されてもおかしくありません。

製造数が少ない理由

その理由ですが、高額貨幣だからという理由がありそうです。低額貨幣に比べれば、高額貨幣は製造数が少ない傾向にあります。

もう一つの理由は、製造開始直後に、ヴィットリオ・エマヌエーレ1世が退位してしまったためです。

この経緯を確認するために、歴史を簡潔に振り返りましょう。

統一なき1800年前後のイタリア

このコインをご案内する場合、「イタリアで作られた」という表現を使います。確かにイタリアなのですが、当時は、下の地図(1796年)のように、統一国家ではありませんでした。バラバラです。

1796年のイタリア地図

赤枠2つで囲んだ部分が、サルディーニャ王国です。今回ご案内している80リレ金貨は、このサルディーニャ王国で発行されました。

そして、1800年前後は、フランス革命とナポレオン戦争の時代です。サルディーニャ王国は、フランスと接していました。

すなわち、膨張政策をとっていた当時のフランスに、サルディーニャ王国も攻め込まれてしまいます。欧州本土の領土はフランス支配下に置かれ、この影響で、当時の国王だったカルロ・エマヌエーレ4世は退位しました。

これを受けて国王になったのが、この金貨の肖像に描かれているヴィットリオ・エマヌエーレ1世です(ナポレオン失脚後に領土を回復しました)。

なお、欧州で暴れまわったナポレオンですが、その過程で、ヨーロッパの人々に民族意識を広める効果がありました。

イタリア統一へ

この流れはサルディーニャ王国も同様で、1821年3月に立憲革命が起きました。この影響でヴィットリオ・エマヌエーレ1世は退位し、イタリア統一へと進んでいくことになります。

今回の80リレ金貨は、1821年に発行されました。そして、立憲革命は1821年3月です。すなわち、金貨製造期間がとても短いことが分かります。

これが、発行数が少ない原因でしょう。

なお、イタリア統一に際して、サルディーニャ王国が中心的な役割を果たしたことが知られています。

ヴィットリオ・エマヌエーレ1世の金貨

ヴィットリオ・エマヌエーレ1世の80リレ金貨は、1821年のみ製造されました。1820年以前は作られていません。

この事実も、希少性をより一層高めることに貢献しているでしょう。

その他の額面にも視野を広げると、何種類か金貨が作られています。下の金貨は、そのうちの1枚です。

ヴィットリオ・エマヌエル1世 20リレ金貨

【コインNo】8059
【額面】20リレ
【製造年】1820年
【材質】金
【直径】21mm
【グレード】EF+
【価格】165,000円(税込)

このコインを購入する

ヴィットリオ・エマヌエーレ1世の横顔は、ほぼ同じだと分かります。右側は、デザインが大きく異なります。

20リレの金貨は、四角の紋章と、輪になった頸飾(けいしょく・首飾り)が描かれています。一方、1821年の80リレ金貨は、スペード型の紋章と、月桂樹の枝が描かれたデザインです。

実は、20リレ金貨も、1821年にデザインを一新し、80リレ金貨と同じデザインを採用しています。

当時の造幣局の担当者たちは、気分一新で新しいコインと作り始めた!…と思ったらいきなり終了で、次の国王のデザインで作る必要があったということです。慌ただしかっただろうことが、容易に想像できます。

ページトップへ戻る