ルーマニア王・フェルディナンド1世の月桂冠を被った金貨(未使用品)

製品案内【その他(ルーマニア)】
翻訳

フェルディナンド1世の100レイ金貨

ルーマニアでも、金貨が発行されてきました。今回ご紹介するのは、フェルディナンド1世の100レイ金貨です。グレードがUNC(未使用)という、素晴らしい金貨です。

【コインNo】 7745
【製造元】ルーマニア
【額面】100レイ
【製造年】1922年
【直径】36mm
【重量】32.22g
【素材】金
【品位】0.900(90.0%)
【グレード】UNC(未使用)

売り切れ

ルーマニアの場所

最初に、ルーマニアの位置から確認しましょう。下の地図で色が塗ってある部分です。ルーマニアは、日本の本州よりも少し大きいくらいの面積です。

現代のルーマニア地図

金貨のデザイン

金貨のデザインは、一般的にみられる形式です。すなわち、表に為政者の像があり、裏に国章が描かれています。

コイン表側のデザイン

下の顔は、フェルディナンド1世です。月桂樹のリース(月桂冠)をかぶって左を向いています。

フェルディナンド1世 100Lei金貨【表】

コインの周囲に書いてある文字は、以下の通りです。

“FERDINAND I REGELE ROMANILOR 1922”

英語にすると、”FERDINAND I KING OF ROMANIA 1922”となり、「ルーマニア王フェルディナンド1世 1922年」という意味になります。

なお、首の下に小さく、”P. M. DAMMANN”と書いてあります。これは、このコインをデザインした人の名前です。

コイン裏側のデザイン

コインの裏側は、ルーマニアの国章が描かれています。少し詳しく確認しましょう。国章を読み解くと、当時の国の様子が見えてきます。

フェルディナンド1世 100Lei金貨【裏】

このデザインは、下の絵です。1922年から1947年まで使用された国章です。真ん中に、王冠を被った盾があります。それを、2頭のライオンが支えている絵です。

ルーマニアの国章(1922年~1947年)

盾には勲章が飾られており、その下に”NIHIL SINE DEO”と書いてあります。英語で”NOTHING WITHOUT GOD”であり、日本語訳をすると、「神なくして何も存在しえない」です。創造主である神を表しています。

なお、このNIHIL SINE DEOですが、ドイツのホーエンツォレルン=シグマリンゲン家で代々使われてきた言葉です。すなわち、フェルディナンド1世はドイツから来て王位に就いたことが分かります。

では、盾に書かれている絵を確認しましょう。盾に描かれているのは、王冠をかぶった黄色い鷲です。

ルーマニアを構成する各地方の紋章

以下、絵に追記した数字の部分の意味は、以下の通りです。

  • ルーマニア正教の黄色い十字架
  • モルダビア地方の聖ステファンの剣
  • ワラキア地方の聖ミカエルの笏(杖)

4から8は、ルーマニアを構成する各地方の紋章を表しています。それぞれが表している地域は、以下の通りです。数多くの紋章があることから、元々、各地域に別々の支配者がいたことが分かります。

  • ワラキア
  • モルダビア
  • バナトとオルテニア
  • トランシルバニア
  • ドブロジャ

ワラキアは、ご存知の方が多いかもしれません。ドラキュラのモデルとなったヴラド・ツェペシュが領主だった地域です。

その他を見ると、日本ではなじみの薄い地名が数多く出てきました。そこで、フェルディナンド1世が治めていたころのルーマニアを確認しましょう。

ルーマニアの国土の変遷

フェルディナンド1世がルーマニアを治めたのは、1914年から1927年までです。第一次世界大戦は1914年から1918年までです。激動の時代を統治したことが分かります。

フェルディナンド1世が王になった頃(1914年)のルーマニア領土は、以下の通りです。この記事の冒頭で確認したルーマニアとは、形が違うことが分かります。

1914年のルーマニア領土

ルーマニアは、第一次世界大戦中にドイツに占領されました。しかし、大戦後に独立を回復し、国土は以下の通り拡大しました。いわゆる「大ルーマニア」です。

第一次世界大戦後のルーマニア領土

これを、地域ごとに分けてみましょう。

ルーマニアの各地方の領土
  • バナト
  • オルテニア
  • ワラキア
  • ドブロジャ
  • ベッサラビア
  • モルダビア
  • トランシルバニア

第一次世界大戦後に領土が以上の通りになり、フェルディナンド1世は、1922年になってようやく戴冠式(王位の即位式)を行うことができました。

実際に即位したのは1914年で亡くなったのは1927年ですから、治世の後半になってようやく戴冠式ができたと分かります。

冒頭でご紹介した金貨は、その時に発行されました。

なお、上の地域名を見ますと、コインに描かれた紋章に出てこない地名があります。ベッサラビアです。現在のモルドバあたりです。

第一次世界大戦後の領土分配で、米英などは、この地域をルーマニア領とすることに合意しました。しかし、ソビエト連邦は同意せず、係争地となっていました。それが反映されているのかもしれません。

ページトップへ戻る