16世紀のヨーロッパ

16世紀のヨーロッパで最大・最強だったのは、おそらくスペインとポルトガルでしょう。そこで、両国が強大化した理由を考えつつ、アンティークコインの世界を眺めてみましょう。
大航海時代前:アジア貿易と金銀不足に悩む欧州
コロンブスによるアメリカ大陸発見は、偶然起きた冒険の成果ではなく、理由がありました。
15世紀のヨーロッパでは、アジアの文物がもてはやされていました。長期的な「アジアブーム」です。特に、香辛料は大変貴重で、高価でした。
その香辛料やアジアの品々は、アジアから輸入することになります。しかし、陸路では困ったことがあります。
下の地図では、直線でヨーロッパとアジアを結んでいます。しかし、途中には山あり谷ありです。自然条件は何とかなるとしても、ヨーロッパとアジアの間には、いくつもの国がありました。

「その国々を無料かつ安全に通過できるか?」ですが、それは無理な話です。中継地の国々は、ヨーロッパから高額な手数料を取るのが通常でしょう。中継地の国々から買う場合も、高額にならざるを得ません。
高値で吹っ掛けられるからです。「嫌だ」とは言えません。ほかに選択肢はないからです。また、強盗に遭うこともあったでしょう。
さらに、何とか貿易できたとしても、物を買えば、対価を支払います。対価は金や銀です。すなわち、ヨーロッパは慢性的な金銀不足に悩むことになります。
- アジアと安全かつ安価に取引したい
- 金銀が欲しい
この欲求を満たすために、陸路でなく海路を探すことになりました。
スペインとポルトガルが先行した理由
この欲求を持っていたのは、欧州全体でした。すなわち、スペインやポルトガルだけではありません。
しかし、アメリカ大陸やアフリカ航路を発見したのは、スペインとポルトガルです。その後も、世界各地を植民地化したのは、この2か国です。
この2か国が先行したのは、なぜでしょうか。それは、両国が他の欧州諸国よりも先進的な科学技術を持っていたからです。
世界の最先端=イスラム諸国
なぜ、スペインとポルトガルが、ヨーロッパで最先端技術を持っていたのでしょうか。それは、イスラム教徒と戦ってきたからです。
中世世界において、世界最先端の技術を持っていたのは、ヨーロッパでなくイスラム教徒でした。下の地図は、8世紀中ごろのイベリア半島を中心とする地図です。
「後ウマイヤ朝(こう・うまいやちょう)」が、イベリア半島の大半を支配していたことが分かります。この国は、イスラム教徒の国でした。

その後、ヨーロッパで国土回復運動(レコンキスタ)が始まり、15世紀には下の通りとなりました。イスラムは、南にある小さな国(ナスル朝)の部分だけです。
15世紀末には、イスラム教徒をイベリア半島から追い出すことに成功しました。この過程で、スペインとポルトガルは、イスラム教徒の最先端技術を取得したのです。

ちなみに、上の地図を見ますと、スペインがありません。1479年に、カスティリャ王国とアラゴン王国が統合され、スペイン王国が誕生しました。
こうして、イスラム教徒の技術を使って、大航海時代が始まりました。
スペイン王国フェリペ2世「沈まぬ太陽」
スペインは、メキシコや南米を次々と征服しました。すると、そこには金銀がザクザクと眠っていました。
これらの金銀をスペイン本国に持ち帰りました。すなわち、スペインは一気に大金持ちです。好きなものを自由に買えます。
この世の中、なんだかんだ言っても、お金があれば何とかなることがほとんどです。
結果、スペインは、世界最強の陸海軍を持ち、トルコ勢力のヨーロッパ進出を阻みました。さらには、当時の国王フェリペ2世は、王家の血筋が絶えたポルトガルの王位を継承し、世界最強2大国を同時に支配するに至りました。
まさに、「沈まぬ太陽」と呼ばれる状況でした(その後、1640年に両国は分離しました)。
フェリペ2世が発行したコイン
では、ここで、世界を支配したスペインの王様、フェリペ2世が発行したアンティークコインを確認しましょう。
スペイン 4エスクード金貨
スペイン 8レアル銀貨
正直なところ、他国のコインと比べて、美しさという点でどうでしょう?どうやら、当時のスペインは、コインのデザインにこだわっていなかったようです。この種類の貨幣を「コブ・マネー(cob money)」と呼びます。
コブ・マネーの作り方ですが、金銀を棒状にしてから一定の重量で輪切りにする、という方法です。切ったら、刻印を押します。
うまく切れなくて、規定の重量よりも重くなってしまったとしましょう。この場合は、コインの周囲をはさみで切って重量を整えるというスタイルです。
当時、スペインはアメリカ大陸から大量の貴金属を得ました。獲得した貴金属は、すぐに使いたいです。そこで、デザインよりも生産の効率性を重視したコブ・マネーが生産されました。
ネーデルラント・オーファーアイセル州のダールデル銀貨
ネーデルラントは、現在のオランダ・ベルギーを中心とする地域です。
通貨単位「Daaldar」は、日本語表記で「ダールデル」「ダールダー」などと表記されます。この時期の大型銀貨はターラー銀貨(Taler)が有名ですが、そのオランダ語表記となります。
熱心なコイン収集家でもない限り、ダールデル銀貨を知っている人は多くないでしょう。その割に、高価な価値がついています。その理由の一つは、グレードです。
UNC(未使用)です。
この銀貨は記念貨でなく、通常貨です。すなわち、日々の生活で使用される目的で発行されました。それが400年以上の時を経て未使用で残っていますから、とてもレアです。
ちなみに、下は、オランダのロッテルダム美術館に、同じコインが収蔵されています。下の画像の通りです。

ダルマで販売されているコインと比べて、どちらのグレードが高いでしょう?
(株)ダルマでは、このクラスのコインが一般のコインに交じって販売されています。博物館級の逸品です。
ネーデルラント・フランダース地方のエキュ―銀貨
フランダースとは、現在のベルギーの北半分を占める地域であり、アントワープやルーベンなどの諸都市が含まれています。
ベルギーとオランダの位置関係は、下の地図の通りです。

下は、フェリペ2世の肖像画です。コインの肖像と比較しますと、特徴を再現できていることが分かります。

(引用元:プラド美術館)
「沈まぬ太陽」の終焉
さて、スペインの「沈まぬ太陽」状態は、比較的短い期間で終了することになります。
当時のスペインは、貿易赤字国でした。すなわち、ヨーロッパ諸国から物を買って、対価として金銀を支払う立場だったのです。
アメリカ等から金銀を略奪しても、消費してしまえば残りません。
スペインにとって、ヨーロッパの貿易拠点は、スペイン領の一部だったネーデルラント(現在のオランダ)です。ネーデルラントには金銀が集まり、決済機構も発達し、商取引も盛んになりました。
こうして、オランダの時代がやってきます。オランダは、1581年に独立を宣言しました(その後、独立戦争が続いた後、正式に独立しました)。
また、スペインに物を売って金銀を得た欧州諸国は、次第に経済力や科学技術を発展させてきます。1588年には、スペインが誇った無敵艦隊は、イギリスに壊滅させられてしまいます。
さらには、価格革命も進展しました。価格革命とは、インフレーションです。
スペインとポルトガルによって、ヨーロッパ世界に、いきなり膨大な金銀がもたらされました。すなわち、金銀の価値が一時的に下落します(=インフレーションの発生)。
このインフレに対応できた国とできなかった国で、明暗が分かれることになります。
こうして、スペインが圧倒的に強い状況が長続きすることはありませんでした。
歴史(history)【カテゴリ】
古代
- アウレウス金貨とソリドゥス金貨の違い【古代ローマ帝国の貨幣制度】
- 古代ローマ帝国のアンティークコイン-製造、流出、滅亡まで
- マケドニア王国の銀貨-アレクサンダー大王を中心に
- 古代ギリシャのアンティークコイン-各都市発行の銀貨中心に
- リディア王国の貨幣-世界最初のコイン
ヨーロッパ
- イギリス王室のコインの特徴、「顔の向き」
- イギリス帝国(大英帝国)植民地で発行されたコイン
- 18世紀末のイギリスの混乱とコイン【カウンターマーク、トークン】
- 神聖ローマ帝国(ドイツ)のアンティークコイン【希少性が高い理由】
- フランスのアンティークコイン【ブルボン朝から第三共和政まで】
- フランス革命期の王国・姉妹共和国発行のコイン
- スペインのアンティークコイン【大航海時代からフェリペ2世まで】
- 教皇領・バチカンで発行されたアンティークコイン
- スイスのコイン【ナポレオン調停法時代】
- ポルトガルのアンティークコイン(大航海時代後の金貨中心)
日本
その他地域
歴史(history)
コイン別記事
古代
- 槍と弓を持って走る王
- 牛を捕食するライオン【4ドラクマ銀貨】
- デュオニソス(酩酊の神)【4ドラクマ銀貨】
- アテナ神【4ドラクマ銀貨】
- アレクサンダー大王【4ドラクマ銀貨】
- ペルセウス王【4ドラクマ銀貨】
イギリス
- ソブリン金貨の変遷
- エドワード3世ノーブル金貨
- ヴィクトリア女王ソブリン金貨
- ヴィクトリア女王ジュビリーヘッド金貨
- ヴィクトリア女王ジュビリーヘッド銀貨
- ダイアナ妃追悼記念
- ブリストルガラスが題材のコイン
- ウエアマス橋が題材のコイン
- ヘンリー8世の大悪改鋳と銀貨
- アン女王の戦勝記念銀メダル
- 【プレゼント】ハーフペニー青銅貨
フランス
ドイツ
スペイン
イタリア
その他
- 20ケツァル金貨【グアテマラ】
- サウジアラビア4ポンド金貨
- 1ルピー銀貨【モンバサ】
- 20マルカ金貨【フィンランド】
- 10グルデン金貨【オランダ】
- 8エスクード金貨【メキシコ】
- 世界最初のカラーコイン【パラオ】
- 8エスクード金貨(コブ・タイプ)【ペルー】
- 1/2ダラー記念銀貨【アメリカ】
- ルイ・ナポレオン・ボナパルト【オランダ】
- フェルディナンド1世の100レイ金貨【ルーマニア】
- 発行枚数60枚の試作金貨【ウルグアイ】
- スイス・ジュネーブ射撃祭記念コイン
- 100兆ジンバブエドル札【ジンバブエ】
- カナダ独自金貨発行90周年記念5ドル金貨
- バチカンのスイス衛兵500年記念50フラン金貨
- ラムセス2世 5ポンド金貨【エジプト】